不登校という生き方

不登校という生き方があります。それを応援します。

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自分で正解にしていく人生

「不登校の子もそれぞれみな幸せな人生をおくれるよう祈っています。」という暖かいコメントを
いただきました。有難うございます。



「不登校」という
言葉がなくなるような
社会になってくれたらなぁと
ぼんやりと思っています。


学校へ行く子と
行けない子、
そして
行かない子。。。。




いろいろな子供たちが
普通に
共存できる社会。。。



学校へ
いけないことで
苦しんでいる
子供や
その親たち。



心の中を
広げたら
見方も変わるのでしょうか。


「どうして
学校へ行かなくちゃいけないの?」

「行かなくても
いいんんだよ。」


行かないと
行かないリスクは
学歴社会の中では
あるけれど
それを承知で
選択したら
「学校から逃げる自分」から
「学校を捨てる自分」に
変われそうです。


それを
本気で選んだら
新しい未来も
必ず開けてきます。


まちがった人生はない。。
自分が選んだ道を
自分で正解にしていけばいい。。。

そういう人生も
清々しい(すがすがしい)と
思います。



不登校という名のトンネル

不登校という名のトンネルを抜けたら、どんな景色が見えたのだろう?
我が家は二世代に渡って、不登校を経験した。私と娘二人である。ひょとして、娘たちに子供ができて、その子供が三代目の不登校児童になるかもしれない。もし、そうなら、それは楽しいことだ。
不登校時期というトンネルは、中を通っている間は不安だ。けれどトンネルの中での過ごし方次第で全く結果が変わって行く。
いまから34年前、不登校を終えて私が見た景色は薄い灰色だった。結婚し子供が出来、その子供たちが不登校になってから俄然、色味を増してきた。子供たちの不登校に寄り添いながら、自分の不登校を振り返った。悩んで時間を過ごしただけの自分。もったいなかった。同じ、不登校を過ごすのなら、有意義に過ごさせたい、明るく、前向きに。学校に行かない時間を、どうせなら学校に行っていたら出来ないことに、つかわせたい。そう思った。
子供たちは小学校時代に料理を一通りできるように教えた。生きて行く上で、自分で自分の食事を作れることは健康を維持していくために必要なことだと思った。食事が作れれば人の役にもたてる。洗濯や掃除、針仕事なども楽しませた。家庭内アルバイトとして、彼女たちの収入源にもなった。仕事の丁寧な娘たちはズボンの裾あげに6時間も集中していたこともある。勉強は通信教材を使った。世界共通語である英語は小さな時から馴染ませた。中学生になってからは、心の勉強にお金を使った。大学に行くために積んでいたお金をセラピストの料金に当てた。娘たちは心の専門家たちと随分語り合った。ものの見方、人生に対する姿勢も学んだ。それぞれの趣味を磨く時間も出来た。後に仕事としてのスキルに繋がった。
たっぷりと有意義に不登校のトンネル時代を過ごした娘たち。
トンネルを抜けた時に見えた景色は自分色に色づいてみえただろうか。
学歴は中卒。娘たちが、社会に出るステップに選んだのは学歴不問のボラバイトという働き方だった。農家やペンションなどで、住み込み、食事と寝場所を提供してもらうかわりに少し安く働くというシステム。登録されている働き先はきちんとしていて安心出来る所ばかりだ。そこからスタートした娘たちは今は自活して暮らしている。親の家に仕送りもしてくれている。
現在、19歳と21歳。。上出来である。

不登校という名のトンネルを通ったからこそ、今の幸せがあるのだと思う。

私へのメール

嬉しい拍手コメントを
いただきました。

今、不登校で悩まれている方からの
コメントは
とても嬉しいです。

私は、このブログで
不登校について議論するつもりは
あまりないのです。

私が
このブログを書いているのは
今、不登校で悩まれている方や
お子さんが不登校で心配されているお母様方を
少しでも応援できればと
いう理由からなのです。

もし、私と直接、メールで
お話を希望される方は
こちらに掲載されているアドレスへ
ご連絡ください。

昔、同じことで
苦しんだ友人として
お話しあえればと
思っています。





(私に直接、メールを下さる方は
こちらのブログに行っていただけると
VERTへの連絡先として
メールアドレスが載っています。)
http://vcafe.jp/vert49/blog/




















義務教育は必要? 

まず、
いただいたコメントの
ひとつは

「義務教育が
なくなればいいと
いう考えもありますが、
行きたい学校を選ぶ為に、
私学に行くと言う選択も
あるかと思います。
学校=勉強ではないと
思います。
集団生活、規律、
他人との関わり方等
学校でしか学べない事も
あります。
学園祭や運動会で
1つの事に向かって
行く事は
会社にも通じる所が
あります。
多面的に義務教育を
見る事も大切だと
思います。」
というものでした。

コメントを
下さり
ありがとうございます。

そうですね。。。
多面的に
義務教育を
見ることも大切。。。。

ほんとうに
その通りだと
思います。

私にもし
教育学などの
大学のテストで
「義務教育について述べよ」
と出題されたとしたら
きっと
義務教育の問題点と
同じくらいに
義務教育の利点も
数多く書き並べると
思います。

私自身は
今から40年ほど前、
学校生活の中で
不登校も経験しましたが
とても楽しく有意義な
学校生活も
経験することが
できました。

あなたが
おっしゃるように
学園祭や運動会などで
一つの目標に向かって
みんなで
心を合わせていくことの
素晴らしさも経験しました。

学校=勉強では
ないと私も思っています。

学校では
生き方を教えてくれる
素晴らしい先生や
友達の有難さも
いっぱい経験しました。

あなたの
おっしゃるとおり、
義務教育を
多面的にみることは
大切です。


でも、ただ、ひとつ
問題なのは
素晴らしい面の多い
義務教育という制度が
不登校をしている
子供や親の
心をがんじがらめにして
苦しめてしまう。。。
ということなのです。


それと
もうひとつ
今の学校のいじめを
見たときに
私が30年前に
学校生活で
経験したり、
みたことも
ないようなことが
起っている。。。
そういう事実が
私を
「義務教育なんていらない」と
いう強い感情に
かりたてています。

長女が中学生のころ
こんなことがありました。

いじめられている
クラスメートと
一緒に帰ろうとした娘に
「いじめられている人に
近づかないのが
常識よ」と
友達に言われたそうです。

むかしも
いじめは
あったかもしれない。。
でも、少なくても
私の子供の頃は
「いじめられている人に
近づかないのが
常識よ」と
平気で言い切る子供は
いなかったように
思うのです。

私の過ごした学校時代と
何かが
変わってきている。。。

それが何かは
わかりませんが
背中が寒くなって
しまうような現実が、
学校生活の中で
起きてしまって
いるのではないか。。。




そういう
漫然とした不安が
出てきたのです。


そういう学校に
「義務」として
行かなければ
ならないのは
シンドイなぁと
思ったわけです。

正直、
「そういう学校に
行かせることは
人間性を育てるうえで
危険だ」とまで
感じたこともありました。

「このままでは
自分がこわれてしまう」と
長女は言っていました。

「今まで信じてきたことが
どんどん否定されていく」。
と。

私は娘の価値観を
知っていました。

人を大切にすること、
相手の立場に立って
一度は考えてみること、
そういうことを
否定しなければ
自分の居場所が
なくなる。。。

そういう学校なら
行かなくていい!
と私は言いました。

そういう学校でも
自分を強く
持つことができれば
それが
一番理想ですが
それは
とても難しいことだと
思いました。


だから
今、いろいろな問題を
かかえている学校に
行かない自由を
もっと簡単に
選べられたら
苦しみ方も
違ってくると
思ったのです。

学校に行くことが
プラスになる子供は
学校へ行く権利があって

学校へ行くことが
今の時点で
マイナスになってしまう
子供は
「学校」へ行かない権利
をもっと簡単に
謳歌できる。。。

大勢の不登校児を
思う時、
教育が義務でなくなれば
どんなに
いいだろうと
感じている今の私なのです。
















昨日、初めて、
このブログの
「拍手コメント」
という機能を
理解しました。

8月から、
いろいろなコメントを
いただいていたのに
今までちゃんと
お返事できなくて
ごめんなさい。

今日から
ブログの記事欄で
お返事を書いていこうと
思います。

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