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【不登校って、大人になるとどうでもよくなるよ】

佐々木 明里著

【不登校って、大人になるとどうでもよくなるよ】
  
9月1日は学校に行きたくない子供の自殺者が一番多い日ということで
シェアなどが流れてきて思い出したので・・・
そういえば私、筋金入りの不登校児だったねということで、
今だからわかることを書いてみる。
  
  
  
結論を先に言うと、
大人になると、
不登校だっていうのは、
  
「なんでもないこと」
  
になります。
  
  
私にとっては、
思い出さないと忘れているくらいのことです。
  
  
大人になったら、
周りの人はみな、
私のことを「普通の人」として扱います。
  
不登校だったことも、
こちらから言うまで相手は知らないし、
知っても「そうなんだ」で終わる程度のこと。
  
  
だって、
学校にいた時期のことなんて、
周りの人にとっても、
大人になったその時の自分にとっても遠いんです。
  
何年も前のこと。
そして、今はもう違うことをしている。
  
  
  
「今と違う過去」なら、
過去の存在なんて、
ただの「思い出話」に過ぎなくなる。
  
  
  
でもまあせっかくだし
私の思い出話もしてみる。
  
私が不登校になったのは
小学校1年の冬。
  
  
私の場合は、
いじめられたわけでも
友達とうまくいかなくなったわけでもなくて、
  
ただ、ある日突然、
自分でもなぜかわからないままに、
  
学校に行こうとすると、
足が前に進まなくなった。
  
  
それからは、
半年休んで、半年後にまた行かなくなって、
を繰り返して、結局義務教育の半分は行っていない。
  
  
高校は通信制の高校に行って
でも途中でまた行かなくなった。
  
今思うと、
私はあの時人生全体に疲れてしまっていたのだろうと思う。
  
  
それが16歳のときで
それから、思ってもいなかった流れで(不登校関係なく)
セラピー・カウンセリングに行くようになり、
  
疲れ切った自分の心を自分のもとに取り戻していく過程を歩んだ。
  
  
19歳から住み込みで全国を何か所か働きに出た。
一番長かった農場には2年半いた。
 
  
  
  
自分が不登校だってことを
あまり意識しなくなったのは、
働き出してからだったと思う。
  
相手にとっては、
私が不登校だとかそうでないとかはどうでもよくて
  
「何をしたか」という行動の部分
ただ「目に見えるもの」それだけが
相手にとって重要なもの。
  
  
自分が不登校だったことを
知らせないままだった人たちもたくさんいる。
  
  
  
コミュニケーションの経験が人よりなかったせいで
どうしていいかわからなくて人より疲れてしまう、
くらいのハンデ?はあったけど
  
その程度のもので
  
大人になってからは
「これはなんと強力な武器なのだ」と
何度も思うほど、
  
過去の自分に感謝したものもある。
  
  
  
一番の武器はたぶん
独学する力をつけていたこと。
  
  
  
これは、本当に強いよ。
一生の財産になった。
  
  
自分のやってみたいことや
学びたいことを
  
  
本やインターネットを駆使して
自分で調べて、
ひとりコツコツと取り組む力。
自分で自分を磨いて高めていく力。
  
  
大人になってから知ったことだけど、
これは、できない人がたくさんいる。
やれるだけで、ものすごい大きな武器になる。
  
  
  
そして、そうしてひとり、
いろんなことをやってきたこと。
  
  
時間はあったから、
いろいろやってきた。
それに、会社勤めは向いていないと早いうちに思っていたから
技術をつけることで生きていこうとしたからもある。
  
小学校の頃は漫画を描いたり、
手芸をしたり、
料理をしたり。
詩を書いたり、
  
15歳くらいのころは
創作書道で作品作ったり
ホームページを作るのにハマってた。
  
私が人より多く持っていた「時間」を使ってやってきたいろいろなことは
どれも今の自分にとって役に立っていて
  
今、技術としてできることがたくさんあることを
私は過去の自分に感謝している。
   
  
もちろん、学校に行かない間、
遊んだりもしていたよ。
ゲームもしたし、
図書館で借りたファンタジーをよく読んでたし
同じく不登校の妹と
リカちゃん人形で何時間も遊んだりもした。
  
むしろ、もっと遊んでもよかったんじゃないかと思っている。
人目が気になってあまり外へは行かなかったけど、
自転車であちこち行ってみたり、
自分の行ったことのないところ、もっと行ってみてもよかったかも。
平日は動物園も科学館も空いているしね。
  
  
自分を責めたり 学校行けるようになるにはどうしたらいいか
それを考えることに時間使うより
思いっきり遊んだほうがいい。
  
劣等感をコツコツ育てるような時間の使い方はもったいなかった。笑
   
   
  
  
   
いま同じ不登校をしている子に何か伝えるとしたら
将来につながらなくてもいいから、
とにかく興味の持ったこととことんやってみるといいよ と言うと思う
  
  
  
  
自分のやりたいことが出てきたとき
本気でそれに向かうなら、
たいていなにか方法がある。
  
  
それは、
学校を行っていた人でも
学校に行ってなかった人でも同じことだけど。
  
勉強だって途中から取り返せるし
(高校卒業の歳になってから小学~高校の勉強を1年半で片づけて放送大学行っているのが私の妹)
  
  
個人事業主 という形もあるから
それこそ、自分の仕事を好きなように創り出したっていい。
  
  
私の場合は
個人で仕事をすることを選んだから
本当に「不登校だった」ことはなにも関係してこない毎日を生きている
   
  
不登校って乗り越えるもんじゃない。
だって「不登校」なんて、
人生のただの通り道に過ぎないから。
  
  
学校へ行くルートと
家で色々するルートのふたつがあって
  
「家で色々するルート」のほうを選んだだけ。
なんか、その程度のことだったよ。
  
  
自分以外に不登校だった人も何人か知っているけど
ふつうに生きてるよ。
  
なんか、そんなもんです。
  
  
  
  
私は「学校に行くこと」については
  
学校行きたかったら行けばいいし
行きたくなかったら行かなきゃいいんじゃないかなと思う
どのみち今は学校行っていたからっていい仕事につけるとも限らないんだし
家で自分の興味を極めたり自分で仕事を生み出せる底力をつけていくことのほうが
もしかしたら有利なことさえあるかもしれない。
  
  
つまり、どっちだっていいんだよきっと。
  
いつか自分の過去になるものです。
「そんな時期があったなあ」と思い出すだけのようなものです。
  
  
   
もっと元も子もないことを言うと、
その、思い出した時に
  
  
しあわせに生きていられているか
  
どうかなんだ。
  
  
  
これも不登校のことだけに限らないけど
  
思い出した時、
自分が自分でよかったと思えているなら
「そんな時期があったなあ」と
それはただの思い出になって
  
  
思い出した時、
自分の人生を恨んでいるなら
  
「不登校だったから」と
(○○だったから~にはほかにありとあらゆるものが入る)
  
思うだけのこと。
  
  
  
しあわせになるのに条件ってない。
学校に行く・行かないは
しあわせとは関係ないものだってこと。
  
  
自分にとって心地いい道を行くのはしあわせで
自分が無理しかできない道を行くのは苦しい。
  
  
学校に行くのが「無理でしかない」なら
そうじゃない道を選んだほうがしあわせな道は近づくよ。
  
  
  
だから、しあわせになったらいいんだよ。
学校に行くことじゃなくて、
自分の人生を幸せにすることだけ考えたらいい。
  
本来、学校だって人生を幸せにするためにあるものだけど
自分にとってそれがそう機能しないなら、
あえて選ぶ必要なんてない。
  
  
  
そして
未来で、楽しく生きていれば
過去のことはどうでもよくなるんです。
   
そのとき、大切なのは「いま」の自分だから。
  
     
  
学校に行かないでいることを
あれこれ言う声はいろいろ聞いてきたけど、
そんな脅かされるほどのものではなくて、
  
  
ほんと、そんなもんです。
  
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私がやった高校認定対策

高校認定試験の勉強法でも話すかな。

全部、独学だったけど

合格したよ。



ポイントは

過去問!!!



ネットで

公認試験の過去問を

探す。





そして

それを何度も読む。



わからないことは

ネットの無料講座で

とことん勉強する。





それでもわからないことは

図書館の本を借りまくる。





数学だけは

中学の問題集を

やった。







英語は、小学校から独学してきたから

改めてやる必要はなかった。

プログレスイングリッシュのbook1のCDとテキストを徹底的にやってたんだ。

高校認定試験をとるだけなら

そこまでやる必要はないかも。

長文読解だけは

ちゃんとやっとくこと、

文科省の英語の教科書は役に立たないから

見ない方がいいよ。(内緒だけど)

自分で参考書と問題集を買ってやった方がいい。





数学はね、私の場合、

なんせ小学校も1年しかいないから

基礎ができていないんだ。



それで、しっかり勉強したよ。







理科と社会は

中学の勉強はしなくても

公認の過去問を徹底してやれば

だいじょうぶだった。



大体、そんなところかな。







もう、お母さんが帰ってくる頃。

そろそろ、掃除でもしないとね。

お母さんい任せておいたら

一週間に一度くらいしか

掃除しないからね。

綺麗な空間に住みたけりゃ

自分で掃除する。



出来ることは何でも自分でやる。

これ、我が家の処世術。

新しいホームページに書いています。

http://therapyann.com/blog/

何でもいいから語学をやろう!

不登校で悩んでいたころ私が
元気になった言葉に
「東京がだめなら
 大阪があるさ」という言葉でした。

それを教えてくれた人に
励まされ
「もし日本で生きにくくなったら
海外に行けばいいさ」と
思えるようになりました。


そして
そのためには世界共通語と言われる「英語」を
しっかり独学しようと思いました。



自分の世界をただ広げたかったのです。


あれから
40年近くが経とうとしています。


翻訳の勉強を通信でやって
英語翻訳の資格を取りました。



今はフランス語と
アラビア語を勉強しています。


不登校で
日本での学歴に
悩んでいる人。。。


いっそのこと
海外を相手に
世界を広げてみませんか。



もし、世界共通語と言われる
英語が苦手だったら
ほかの言語でもいいのです。


国連の公用語は6言語あります。。
アラビア語・ロシア語・スペイン語・中国語・フランス語・英語です。


この中から1か国語、
好きになれる言語を探してみてください。


何かの役に立つはずです。




とかく閉塞感を持ちがちな不登校生活。。。

語学で風穴を開けて

世界に目を向けて

ちょっぴり夢を持ち

深呼吸してみませんか?



アラビア語楽しんでください。http://karinnmama.hatenablog.com/

「学校からいじめがなくならないシンプルな理由」

「学校からいじめがなくならないシンプルな理由」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50919?page=4


共感した箇所を抜粋します。

「問題の本質は、学校が迫害的な無法状態になりがちな構造にある。」

「認定すべきは、犯罪であり、加害者が触法少年であることであり、学校が犯罪がやり放題になった無法状態と化していたことだ。そして責任の所在を明らかにすることだ」

「しかし学校を、外の広い社会と比較して考えてみると、数え切れないほどの「おかしい」、「よく考えてみたらひどいことではないか?」という箇所が見えてくる。
逆に社会では名誉毀損、侮辱、暴行、傷害、脅迫、強要、軟禁監禁、軍隊のまねごととされることが、学校ではあたりまえに通用する。センセイや学校組織が行う場合、それらは教育である、指導であるとして正当化される。

正当化するのがちょっと苦しい場合は、「教育熱心」のあまりの「いきすぎた指導」として責任からのがれることができる。生徒が加害者の場合、犯罪であっても「いじめ」という名前をつけて教育の問題にする。

こうして、社会であたりまえに許されないことが、学校ではあたりまえに許されるようになる。

学校は「教育」、「学校らしさ」、「生徒らしさ」という膜に包まれた不思議な世界だ。その膜の中では、外の世界では別の意味をもつことが、すべて「教育」という色で染められてしまう。そして、外の世界のまっとうなルールが働かなくなる。
学校も、オウム教団も、連合赤軍も、それぞれ「教育」、「宗教」、「共産主義」という膜で包み込んで、内側しか見えない閉じた世界をつくっている2。そして外部のまっとうなルールが働かなくなる。よく見てみると、この三つが同じかたちをしているのがわかる。」

「外の世界のまっとうなルールが働かなくなる
たとえば、学校とオウム教団と連合赤軍をつきあわせて、普遍的なしくみを導き出すことができる。」

「こうして考えてみると、学校について「今まであたりまえと思っていたが、よく考えてみたらおかしい」点が多くあることに気づく。

これらのポイントに共通していえるのは、クラスや学校のまとまり、その場のみんなの気持ちといった全体が大切にされ、かけがえのないひとりひとりが粗末にされるということだ。
わたしたちは長いあいだ、学校で行われていることを「あたりまえ」と思ってきた。あたりまえどころか、疑いようのないものとして学校を受け入れてきた。」
プロフィール

芳岡幸

Author:芳岡幸
 私は50年前、不登校児でした。娘二人も、元不登校児。
 
 長女(https://www.facebook.com/akari.sasaki.mei)は自立し自分の人生をユニークに構築しています。
 次女は義務教育は累計1年しか体験せず、独学で高校認定試験に合格し、アルバイト傍ら今は自費で放送大学に在籍中です。
 
 私を含め、3人とも不登校経験を誇りに感じています。(^^)



最近こちらに、不登校関連の言葉を書いています。
https://twitter.com/risa_shannti

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